「位階」に応じて傲慢・謙虚になる人は、力量がない。―司馬遼太郎『功名が辻(四)』

シェアする

「男が自分の技能に自信をもったときの美しさというのは格別なものだが、自らの位階に自信をもった場合は、鼻もちならなくなる。」

174ページ

司馬遼太郎『功名が辻(四)』を読みました。

本書からの学び

「位階」に自信をもつ男は、中身が薄いということが分かりました。

センのつぶやき

1.「位階」は力量に応じない

「位階」は周りの評価によって得るもの。
多くの人に認められなければ、なかなか上まであがることはできません。

多くの人に認められるためには、時に自分の信念を曲げなければいけません。
政治的な力も必要になってきます。

逆に言うと、多くの人に認められるよう取り繕い、政治力を発揮すれば、誰でも「位階」を得ることができます。
気に入られて、力量もないのに偶然「位階」を手にすることもあります。

2.「技能」は力量に応じる

「技能」は周りに関係ありません。
どれくらいのことができればどうだという基準があります。
その基準が大きく変わることはありません。

多くの人に気にいられていようと、どれだけ偉かろうと、基準に達していなければ「技能」がないことになります。

3.不相応な「位階」は不幸

力量がないのに不相応な「位階」を手にしてしまうと、「位階」に見合う人にならなければと焦ります。
しかし、力量を手早く身につけることはできません。

するとどうするかというと、「位階」に見合った態度で振る舞うしかなくなります。
本当は力量がないと周りに思われてしまっては、「位階」を失うことになります。
力量がなくても不相応なものが手にできてしまう「位階」は、このような不幸を生み出すのです。

4.「技能」はその人の姿を映す

「技能」は違います。
不相応な「技能」は手にすることができません。
「技能」を見れば、その人の本当の姿がよく分かるのです。

5.「位階」に従う人は力量がない

「位階」に応じた態度を取っているということは、その時点でその人に力量がないことを示しています。

これは「位階」が高くても低くても同じです。
「位階」が低いからと、やたら謙虚になっている人も力量がないのです。

力量がないから「位階」中心社会で生き延びようと必死になっているのです。

「技能」を中心においていれば、不必要な傲慢さ・謙虚さはいりません。
ただ相手の姿に応じた態度を取ればよいからです。

まとめ

「位階」に従い、自信をもつ男はそれにともなう中身がない。


Amazonのページはこちらです。